どさんこワイド179

札幌の歴史を歩いて探訪!てくてく洋二〜札幌駅北口編

2020年10月7日(水)

札幌の歴史を歩いて探訪!てくてく洋二〜札幌駅北口編

北海道の知られざる歴史を、木村洋二アナウンサーと専門家が歩いて辿るコーナー「てくてく洋二」。今日10月7日はどさんこワイドの誕生日。今日で30年目を迎えましたが、その原点であり、再開発が進む札幌駅周辺の知られざる歴史を辿りました。
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今回ガイドをしてくれたのは、札幌建築鑑賞会の代表・杉浦正人さん。街歩きをはじめて30年目、これまでも何度か番組でお世話になったことのある個性的なガイドさんです。
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今回は「“境目”が北口を作った」をテーマに、札幌駅の北口エリアに注目しました。札幌駅ができたのは今から140年前、最初は小さな駅舎でしたが改築を重ね、徐々に大きく近代的な建物へと変貌してきました。

札幌駅は標高の境目・地盤の境目に作られました。南口は段差もなくまっすぐ駅へ行けるのに対し、北口には階段があるのはそれが理由です。
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今ではJRの高架となっている東側には札幌軟石で出来た倉庫が並んでいました。この倉庫は農村から運ばれた農作物を保管するものです。駅を境にデパートや高層ビルが立ち並ぶ南口を表、庶民の町・下町が広がる北口を裏と呼んでいたので、当時の地図や建物には“駅裏”という言葉が記されています。

北口の近くには大きな工場がありました。創成川沿いにあったボーリング場「テイセンボウル」があった場所です。テイセンボウルの名前も、元々あった工場・帝国繊維が由来です。
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今は偕楽園緑地として市民に親しまれる広場ですが、70年ほど前までは池があり、“日本初の公園・偕楽園”として親しまれてきました。動力に蒸気機関を使用していた時代、豊かな水のおかげで工場ができ、働く多くの人々がこのあたりで生活。庶民の街ができていきました。

庶民の街の名残ともいえる建物が今も残っています。今から100年以上前に建てられたという質屋さんの石蔵。庶民金融だった場所ですが、今では飲食店やレンタルハウスなどとして、多くの人が集まる場所として生まれ変わりました。店内には昭和30年代半ばの貴重な写真も飾られています。
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かつては開かずの踏切で南北が分断されていましたが、その後、線路をまたぐように陸橋ができ、線路そのものが高架になり、南北の行き来がしやすくなりました。土木技術の発達でかつては出来なかった地盤が悪いところでの大きな建物の建設などもできるようになり、北口は急激に発展していきました。これから数年以内に大規模な再開発事業が北口では複数計画されています。10年後の札幌駅北口はいったいどんな姿になっているのでしょうか。
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