熱烈!ホットサンド!

「全員集合」世代の1人として。

2020年4月2日(木)
プロデューサーの山谷です。

今週月曜日に届いた悲しいお知らせ。
志村けんさんがお亡くなりになりました。

私自身は志村けんさんとは直接お仕事を一緒にしたことはなく、
違う現場でもお会いしたことはないのですが、
恐れ多いとは思いつつ、
ぜひ一緒にお仕事をさせていただく機会があればとずっと思っていました。

私自身でいえば、小学生の頃、
「8時だヨ!全員集合」を毎週土曜日の夜に欠かさなかった世代の1人でした。
「東村山音頭」を教室で歌い、「カラスの勝手でしょ」と学校帰りに叫び、
テレビの前でヒゲダンスを真似て踊っていた頃の思い出が、
全て遠くに吹っ飛んでしまったような悲しいお知らせでした。

サンドウィッチマンの2人はゲストで「志村けんのバカ殿様」に出演したことがあり、
その悲しみをブログに書いています。

(伊達さんのブログより)
「ずーっと長い間、お笑い界をリードしていただきありがとうございました。」

(富澤さんのブログより)
「志村さんにもう一度“だいじょぶだぁ”と言ってもらいたかったです。」

そして「ホットサンド!」の構成を担当している放送作家の白川安彦さんは、
「バカ殿様」などで志村けんさんとお仕事をしていたので、
その悲しみをツイッターに書き込んでいます。

(白川さんのツイッターより)
「なんのお役にもたてませんでしたが志村さんのお近くでお仕事できた経験は
 僕の人生の中で間違いなく一番の宝物です。」

昨日、テレビで志村けんさんの追悼番組を放送を見ていて、
あらためて志村さんの「笑い」が、ある意味、様式美のような「型」の芸だったと感じました。
「変なおじさん」にしても「バカ殿様」にしても、それはもう
形もしぐさんも声の出し方も、一つの「型」であり、
画面に登場した瞬間からすでに笑いが起こり、
その「型」を維持して笑いにつなげることもあれば、
その「型」を崩すことでもさらなる笑いにつなげるという、きわめて日本的な「笑い」だと
あらためて感じました。
人によっては、昭和という時代の中で全盛を誇ったこの「笑い」が
志村けんさんとともに幕を閉じたと話す人もいます。
でも時代が変わっても、テレビの前で志村けんさんの追悼番組を見て、
大笑いしている自分がいるということは、
この「笑い」はもう時代を超えているのではないでしょうか。
「笑い」って時代ではなく、人が作りだすものだから。
時代によって「笑い」は変化していて、「笑い」の作り方も届け方も変化していきますが
志村けんさんが作った「笑い」はそんな時代の変化には左右されない不滅の「型」だった。
「全員集合」世代としてはそう感じざるを得ないのです。

富澤さんもブログの中で書いています。
志村けんさんがお亡くなりになったニュースを伝える時に使われた写真が
「バカ殿」だったり、「アイーン」だったりすると
その「笑い」を思い出して、悲しいけど笑ってしまいます、と。

それって「お笑い」を作って届けている芸人として、
ある意味、とても素敵なことなのかもしれません。
最後まで「笑い」にこだわった生き方の証のように感じます。
悲しみや苦しみも笑いにしてしまうこと。
それは、今のこの困難な状況の時こそ「笑い」がきっと大事で、
悲しみ、苦しみなどを乗り越えるパワーが「笑い」にあると、言っているような気がします。

志村けんさんのファンの1人として、

志村けんさんのご冥福をお祈り申し上げます。

合掌
どさんこ動画+