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「金メダル以外にもう一つ夢」引退決めたスキージャンプ伊藤有希選手…“理由”語る ラストシーズンへ

「金メダル以外にもう一つ夢があった」。

2027年3月で現役を引退するスキージャンプ、下川町出身の伊藤有希選手が、STVのカメラの前で初めて引退の理由を語りました。

引退決断の真相とはー

伊藤有希選手「競技人生で後悔は1つもない」

(伊藤有希選手)「もちろん悔しい気持ちはあるんですけど、いままでの競技人生を振り返った時に後悔は1つもなくて。すごくすっきりした気持ちで(引退を)決断することができた」

沖縄県宮古島市。

スキージャンプの伊藤有希選手が、早朝の砂浜をチームメイトとともに走っていました。

ただ、毎年恒例のこのトレーニングも2026年が最後です。

伊藤選手は5月に、2027年3月をもって現役を引退することを表明しました。

4歳のときにスキージャンプを始め、「天才小学生」として多くの大会で活躍。

高校卒業後には同じ下川町出身の葛西紀明選手に誘われ、土屋ホームスキー部の門をたたきました。

シーズンの始まりはいつもここ、宮古島の合宿から。

徹底的に体を鍛え上げます。

(伊藤有希選手)「私はあんまりずば抜けた身体能力だったり、球技がすごく上手とかではないし、トレーニングもあまり得意な方ではないけど、ひたすらいままで私がここまで来ることができたのは、まわりの環境だったり出会う方々だったりとかに助けていただいて、そこだけに恵まれてここまでこられたと思っている」

伊藤選手は2017年にワールドカップで初優勝し、通算10勝をあげています。

美しいフォームと着地が特徴で、世界のトップ選手として活躍してきました。

葛西紀明選手「一番人間力のある素晴らしい選手」

それでも、小さいころからの一番の夢は、自宅の天井にも掲げたオリンピックでの金メダル。

その成長をそばで見守ってきたのが、葛西紀明選手です。

(葛西紀明選手)「僕の近くでずっとトレーニングをしてきて、一番僕も刺激を受けましたし、あのひたむきさ、人に対する感謝とか謙虚な気持ち、一番人間力のある素晴らしい選手だなと。本当にミラノ・コルティナオリンピックでメダルをとらせてあげたかった」

初めてオリンピックに出場したのは、2014年のソチ大会。

女子のジャンプ競技が初めて採用された大会で7位に入賞しました。

次の平昌では9位。

4大会連続出場となった2月のミラノ・コルティナオリンピックでは、ノーマルヒルで17位、ラージヒルで14位と、目標としていた金メダルには手が届きませんでした。

(伊藤有希選手)「いままでのオリンピックで一番空がきれいに見えた気がします。家族全員が来ていて、うちの家族は全員スキー選手で、全員一度は五輪の舞台を目指していたんですけれど、最後に家族全員で五輪に来ることができて、すごく幸せでした」

実は、伊藤選手にはもう一つ夢がありました。

「夢が叶った瞬間、私の決断はすぐについた」

(伊藤有希選手)「自分の夢は2つあって、オリンピックで金メダルをとることと、“フライング”という200メートル以上飛べるジャンプ台のプラニツァを飛びたいという夢があった」

スキージャンプの聖地ともいえる、スロベニアのプラニツァ。

世界の上位15人のみがワールドカップの最終戦で、200メートルを超えるジャンプ台を飛ぶことが許されます。

(伊藤有希選手)「オリンピックが終わってからも、最後プラニツァを飛ぶという夢に向かって毎日過ごす日々があって、すごく毎日が自分の夢を叶えるために過ごしていると思うと、なぜかすごくわくわくして充実感に満ちていて。オリンピックで金メダルをとるという夢は叶えられなかったですが、結果的にフライングを飛ぶという夢は叶えることが出来た。同じシーズン中に2つの夢を1つは叶って、1つは叶えることができなかったけれど、だからこそ夢の価値がわかった。もちろん夢が叶わなくても、それまでの道のりに、道のりこそに意味があることがわかったし、夢が叶った瞬間、私の決断はすぐについた」

6位で終えたプラニツァでの大会直後、葛西選手は現地で伊藤選手から引退の決断を聞いたといいます。

(葛西紀明選手)「一番頑張ってきた有希なので…あと1年というのはさみしい。1シーズン全力で一緒にトレーニングして、監督として見守ってあげたい」

最後となるシーズン。

伊藤選手の“夢”はー

「変わらず世界一を目指します」

(伊藤有希選手)「もし私が最後の1年ということで、『もう最後の1年なんだ、そしたらジャンプ台に行って見てみようかな』って思う方がいらっしゃったりとか、1人でも多くの方に生のジャンプの空気感というのを感じてほしいし、その方が来シーズン以降もまたジャンプ台に足を運んでくださるきっかけに(自分の引退発表が)なったらいいなと思っている。

『どうせ飛ぶなら世界一』。これは私が生まれ育った下川町のジャンプ少年団のスローガン的な感じで、いつもジャンプの小屋にかかっていた。ジャンプだけに関わらず、どうせやるなら中途半端じゃなくて高みを、世界一を目指そうという意味が込められていると思うんですけど。これは人生にもつながると思いますし、世界選手権では個人の金メダルは1つも持っていないので、そこを目指していますし、またことしも(上位15人が参加できる)プラニツァのフライングを飛んでワールドレコードを作りたいという自分の目標もありますので、最後の最後まで引退する最後の1本まで、変わらず世界一を目指します」

幼いころからの原点、世界一へ。

7月末に開催されるサマージャンプから、伊藤有希選手のラストシーズンが幕をあけます。

07/11(土) 06:34

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