手作りの着陸場が発展 新千歳空港100年の歴史 一晩でターミナルビルへ引っ越しも…【ナゾトキ】
北海道の空の玄関口「新千歳空港」。
いまや年間の利用者が2400万人!
北海道のグルメも満喫できる国内有数の大空港ですが、そもそもなぜ千歳に空港ができたのでしょうか。
(千歳市企画部 中村充さん)「滑走路は住民で作りました。2日間で」
(宮永キャスター)「2日でですか」
千歳に初めて飛行機が降り立ってから、2026年でちょうど100年。
調べてみると意外な歴史が明らかに!
きょうは新千歳空港のナゾに迫ります。
「新千歳空港」に謎の“行き止まり” この先には何が?
きょうのナゾトキは開港100年を迎えた「新千歳空港」です。
実は、その新千歳空港の近くに行き止まりになっている通路があるんですね。
そのナゾの通路から空港の歴史を紐解きます。
訪れたのは、新千歳空港の隣「JR南千歳駅」です。
(宮永キャスター)「JR南千歳駅には長い通路がつながっているのですが、この先どうなっているかというと、シャッターが閉まっていて行き止まりなんですね。一体どういうことなのでしょうか」
改札を出て左手に通路を進むと行き止まりに。
外から見ると、どこかにつながっていたようにも見えます。
国土交通省新千歳空港事務所の太田さんに聞いてみました。
(宮永キャスター)「あの歩道橋、見ると途中で切れてるんですが、あれは最初からあの形だったんですか」
(東京航空局新千歳空港事務所 太田信博次長)「いえ、実は昔こちら側に古い千歳飛行場・千歳空港がありまして、その時のターミナルビルにつながっていた連絡橋になります」
戦後、民間航空の運航が再開し、1963年にターミナルビルが完成。
それが、新千歳空港の前身「千歳空港」です。
その後、現在の南千歳駅が千歳空港駅という名前で開業。
空港ターミナルと全長248メートルの長い連絡歩道橋でつながりました。
空港と国鉄が連絡通路でつながった日本で初めての駅としても知られています。
(宮永キャスター)「千歳空港と書いてあるモニュメントがあるんですが、これもまさに昔の空港の名残というか」
(東京航空局新千歳空港事務所 太田信博次長)「そうです。もともと千歳空港は自衛隊との共用空港になっておりまして、当時は自衛隊の戦闘機と民間航空機が一緒に飛んでいた空港になっていました」
しかし、航空需要の高まりなどから自衛隊と民間機を分離する必要性が高まり、民間専用の新千歳空港ターミナルが1992年に開業しました。
(東京航空局新千歳空港事務所 太田信博次長)「前日までは千歳空港の旧ターミナルビルを使って、翌日にはすぐ新しいターミナルビルで運用を開始しなければならないので、一晩で引っ越しをしたというふうに聞いております」
なぜ千歳に空港?「手作りで着陸場を作ってから100年」
いまや国内有数の空港へと発展しましたが、そもそもなぜ千歳に空港ができたのでしょうか。
(宮永キャスター)「かっこいいですね、このクラシックな複葉機。こちらの飛行機、北海1号機と書いてありますが、これどういう飛行機なんですか」
(千歳市企画部 中村充さん)「これは千歳に初めて着陸した飛行機になります」
1926年、北海1号機を所有していた小樽新聞社が、千歳で旅行会を計画しました。
その際、食事を提供する村民へのお礼に北海1号機の飛行を約束。
それならばと村民はある相談をしたといいます。
(千歳市企画部 中村充さん)「当時の村民はぜひ近くで見せてくれとお願いしまして、着陸場がないと近くで見れないよと言われまして、自分たちで作ったということでございます」
(宮永キャスター)「村の皆さんがわざわざこの飛行機を間近で見るために滑走路を作っちゃったんですか」
村民150人が荒れた土地を整備し、わずか2日で着陸場が完成。
当日は着陸する飛行機を見るためにおよそ1万人が集まりました。
着陸場は現在の航空自衛隊千歳飛行場の一角にあったと言われています。
(千歳市企画部 中村充さん)「手作りで着陸場を作ってから100年ということになりますが、当時の皆さんの思いというか、そういったものが今の新千歳空港まで来ておりますので感慨深いものがありますね」
手作り着陸場は国内有数の大空港に!進化し続ける魅力
改めてその歴史ですが、いまから100年前、飛行機が見たいからという理由で住民手作りの着陸場ができました。
その後、旧日本軍が使うため飛行場を広げる工事が続けられましたが、戦後、アメリカ軍に接収されました。
1951年には民間機が発着する千歳空港が開設。
その後、航空需要の高まりから1992年にいまの新千歳空港ができたんですね。
100年前、村民が作った着陸場はいまや、空港という枠を超えたいろいろな楽しみ方を提供しています。
(宮永キャスター)「冬の観光シーズン真っ只中。新千歳空港は今日も大変なにぎわいとなっています」
新千歳ー羽田間の利用者数は世界のトップ5に入るなど、まさに日本を代表する空港です。
そんな新千歳空港の印象を聞いてみると…
(札幌在住)「空港に来るたびに新しい商品が出ていて楽しい」
(愛知在住)「本当にとにかくお店が多いので目移りしてしまう」
200店近くが軒を連ねる新千歳空港。
テナント数は道内屈指で、飛行機に乗らない人も楽しめる空港です。
2階のショッピングエリアを進むと行列が…
こちらの寿司店は魚介を買い付ける仲卸業者が経営しています。
その日、仕入れた新鮮な魚を市場から直送。
職人が握った北海道の旬のネタが味わえます。
(客)「しっかり脂ものっているし、身も厚いしいいなと思って」
こちらは2025年にオープンしたばかりの立ち飲みバーです。
上富良野町で開発されたホップ「ソラチエース」を使った生ビール。
さわやかな香りが特徴で、北海道の魚介類とも相性がいいそうです。
(旅行客)「麦の香りがして美味しいですね。ちょっとフラッと寄れる感じがいいなと」
道内の魅力が一堂に集まった「北海道のショーケース」。
それが新千歳空港です。
老舗の喫茶店も空港と深いつながりが…「街のなかの人の憧れ」
(宮永キャスター)「大勢の観光客でにぎわうターミナルビル。その中で憩いのひとときを提供しているのがこちら、東亜珈琲館です」
東亜珈琲館は1974年創業の千歳市にある老舗喫茶店です。
こちらの新千歳空港店では自家焙煎のコーヒーのほか、空港の「ソフトクリーム総選挙」で入賞したハスカップのソフトクリームが味わえます。
実は、店の名前には空港との深いつながりが隠されていました。
(東亜珈琲館 鈴木英範代表)「当時はカタカナの店名が多かったんですね、電話帳を見ても。じゃあ漢字にしようということでね、東亜国内航空の東亜を借りようということで」
当時、日本航空や全日空と並ぶ三大航空会社の一つとして知られた「東亜国内航空」。
その社名からつけられていたのです。
(東亜珈琲館 鈴木英範代表)「東亜国内航空でいろんな(喫茶店の)マッチも作ってくれたりして。(航空会社の)店長会議もここでやっていただいたことがあるんですよ」
千歳の街で半世紀以上、空港を見守ってきた鈴木さん。
(宮永キャスター)「マスターにとって新千歳空港はどんな存在ですか?」
(東亜珈琲館 鈴木英範代表)「街の中でやっている人は空港への憧れがあるんですね、やってみたいって。(空港の別の)場所を借りられたらこんな店を作ってみたいなとか思いますけどね」
開港100年を迎える新千歳空港では、2026年10月、世界およそ30か国の航空会社などが集まる国際会議が開かれます。
北海道エアポートはこの機会を利用して、欧米への新規路線の開拓にもつなげたい考えです。
(北海道エアポート新千歳空港事業所 袴田慶一事業所長)「今は割とアジア中心に近いところから来ているので、ヨーロッパやアメリカからもぜひ来てもらえたら。さらに今の空港を次の100年に向けて発展させていきたいというふうに思っております」