全身の筋肉が衰え車いす生活 “もう一度滑りたい” 新たなスキーで夢をかなえる 北海道
2026年はミラノ・コルティナでパラリンピックが開催されます。
重い障害があってもゲレンデを滑りたい―
そんな思いを叶えるスキーが開発されました。
一度はあきらめていた車いすの女性が15年ぶりに夢を実現させました。
「こんなことできるの!?すごい衝撃的」重い障害あっても操作できるスキーが開発
ゲレンデを滑る、一風変わったスキー。
人が後ろで動かしている訳ではありません。
重い障害のある人でも操作できる、その名も「テトラスキー」。
アメリカのユタ大学で開発されました。
安全のためにインストラクターが付き添いますが、リフトにもそのまま乗ることができます。
手元のレバーを操作して 簡単に左右にターンすることができます。
試走した障害のない人はー
(試走した人)「僕らが滑っている(一般的な)スキーとちょっとだけ感覚は違いますね。ただ、乗っている感じはスキーなので面白いです」
(ユタ大学 ジェフリー・ローゼンブルース教授)「感覚がない人もいるので肩や胸に(補助器具が)当たらないように気を付けてください」
1月、アメリカから専門家を招き、旭川市でテトラスキーの研修会が開かれました。
パラスポーツでは競技用でも使われる「チェアスキー」、座りながらストックを使って滑る「シットスキー」、インストラクターが後ろで操作する「バイスキー」などがあります。
しかし、チェアスキーは上半身を動かせる一部の人しか滑れず、バイスキーは自分一人でコントロールすることができません。
一方で、テトラスキーは手や口などでも操作が可能で、重い障害のある人でも楽しめるスキーなんです。
(記者)「バッテリーはどのくらいもつ?」
(泉谷昌洋さん)「1日以上は(充電が)もつ。1日6時間ぐらいびっちり乗っても全然もちますね」
整備を担当する泉谷昌洋さん。
テトラスキーの普及をめざす一人です。
(泉谷昌洋さん)「どうですか最近?この車いすは良い?もうちょっと奥まで座る?」
泉谷さんは旭川市内で車いすの製造や販売を手掛けています。
(泉谷昌洋さん)「左に倒すと左に行きやすいように、右にジョイスティックを倒すと右に行くように、前に倒すとスピードが出て、後ろにするとブレーキ。いまこれがジョイスティックでの操作。この器具を口にくわえて吹くと左、吐くと右という操作方法もできます」
シットスキーなどパラスポーツ製品を作ってきた泉谷さん。
テトラスキーには今までにない可能性を感じています。
(泉谷昌洋さん)「こんなことできるの!?っていう。あり得ない、すごい衝撃的だった。もっといろんな人に乗っていただくことをやっていきたい」
期待集まる「テトラスキー」2034年のパラリンピックで正式種目を目指す
アメリカ・ユタ大学のジェフリーさん。
テトラスキーの第一人者です。
(ユタ大学 ジェフリー・ローゼンブルース教授)「(映像は)彼女が脊髄を損傷して3週間ほどたった時のものです。(脊髄損傷から)1年でここまで滑れるようになりました」
旭川市内の病院で海外での実績を紹介。
訪れた人は期待を寄せていました。
(訪れた人)「障害のあるないとか障害が重い軽いに関係なく、色んな形でスキーを楽しめる。せっかく北国の北海道に住んでいるから(娘もスキーを)楽しめたらすごく良い」
2014年にユタ州で誕生した「テトラスキー」。
今ではカナダやスイス、フランスなどに広まり、国際大会も開催されています。
2034年にユタ州で開かれるパラリンピックで正式種目になることを目指しています。
楽しめなくなった“大好きなスキー”をもう一度…夢が現実に!
1月13日、旭川のスキー場に1人の女性がやってきました。
(山崎亮子さん)「うわっ、スキー場だ!おはようございます」
(泉谷昌洋さん)「完璧なスキーウェアですね」
長沼町に住む山崎亮子さん。
14年前から全身の筋肉が衰え始めましたが、病名が分からない未診断疾患とされ、車椅子生活を送っています。
スキーが大好きで、小学生の息子と滑っていた山崎さん。
15年前を最後に、一緒に楽しむことができなくなりました。
(山崎亮子さん)「(スキー場は)もう無縁な場所だと思っていたので、考えないことにしていました。皆さんがお手伝いしてくれることで、私はすごく楽しめる所にこれから行くんだなと、希望しかわかないです」
旭川で実際に障害のある人を乗せるのは初めて。
この日は脳性まひで車いすを使っている前野紅音さんも滑ります。
(紅音さんの伯母 中山美沙子さん)「小学校3年生の時の授業でリフト乗ったりとか滑らせてもらった。それ以来ゲレンデなんて来ないから」
(前野紅音さん)「その時だって絶叫しながら滑っていた」
不安を抱えながらもテトラスキーに乗って頂上へー
初めてとは思えないくらい軽やかに滑りました。
(前野紅音さん)「たぶんこんな機会でもなかったら一生スキーをすることはなかったと思うのでよかった」
そして、山崎さんもー
(山崎亮子さん)「行ってまいります!左曲がります、右行きます」
(泉谷昌洋さん)「すごい上手にここまで滑って来られている。もっともっと上手になると思うので、自由に滑れるようになりますね」
スキーが大好きだったころを思い出すように滑り降ります。
(山崎亮子さん)「ありがとうございます。最高です」
一度はあきらめていた夢が叶いました。
(山崎亮子さん)「昔のことを引きずっていた自分ではなく、新しくスキーに向き合えた自分になれた気がします。こんな素晴らしいことが自分の人生に起こるなんて…感無量です。ありがとうございます」
(泉谷昌洋さん)「もっともっと(テトラスキーが)当たり前の楽しみになってくれたらいいなと思うので、まだまだ頑張っていこうと思います」
重い障害があってももう一度スキーを滑りたいー
テトラスキーが夢を現実へと変えていきます。